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日本は仏教国と言えるのか?

 

鎌倉大仏

 

海外の人から見れば、日本はいわゆる仏教国です。

 

しかし多くの日本人は自身の国を仏教国だと思っているのでしょうか?

 

改めて聞かれると、そうだと思っている人は多いと思いますが、仏教一色の国だとは思っていないはずです。

 

仏教といっても宗派によって教義やその解釈はかなり違います。

 

宗派が異なると、まったく異質なものに思えるのは、イスラム教でもキリスト教でも同じことです。

 

しかし、仏教の国だからこその考え方や習慣があります。

 

例えば、日本では、定期的に、あるいは年末の納会の日などにオフィスの掃除することを強いられることがあります。

 

しかし社員は誰も驚かないし、不平は言いません。

 

掃除は、小さい頃から行なってきたので、違和感はないのです。

 

 

これは、

 

「自分の事は自分でする」

 

という禅宗の考え方から来ているとも言われています。(確信は無いですが)

 

 

日本人は、元は禅宗の教えから来ているとは意識してません。

 

でも、日本人気質にあっているのか、宗教や宗派に関係なく受け入れられています。

 

 

例えば、アメリカでは、役割分担がはっきりしているので、「こんなことさせるのは経費を浮かせるためだ!」と、疑心暗鬼に捉えられます。

 

職業を奪うことにも繋がり、日本人には少し理解できないものです。

 

役割や地位に応じたことをしないと、怒られるという話をよく聞きます。

 

「社長が自ら・・・」というのは、御法度だったりするのです。

 

 

日本の仏教は、土着の宗教や、独自の考え方が混じっており、インドや他のアジアの仏教国とは異なるようですが、
海外の人から見て、大まかには、日本人は、忠実な仏教徒であるように見えるのです。

 

ただ、我々日本人自身は、宗教の話をする時、堂々と「仏教徒です。(I am a Buddhist.)」とは言わない気がします。


渾然一体・節操なし

厳島神社

 

仏教国とみなされている日本は、儒教の精神も根付いています。

 

・忠、考などの徳目を重視する。

 

・先祖を敬う気持ちがある。

 

・年上か下かで言葉使いや意識に差が出る。

 

 

いずれにしても、儒教の度合いは中国や韓国の比ではありません。

 

 

実は、現代の日本には以下のような風習があります。

 

・生まれた時は神社へお宮参り。(神道)

 

・クリスマスイブやバレンタインデーのイベントを楽しむ。(キリスト教)

 

・端午の節句や桃の節句のなどの行事を楽しむ。(神道)

 

・お正月は神社かお寺へ初詣で。(神道、仏教)

 

・建物を建てる前には地鎮祭。(神道)

 

・結婚は神前か教会が多く、仏式は少ない。(神道、キリスト教)

 

・亡くなったら仏教式で葬式され、その後お寺で供養される。

 

 

いったい日本人って何の宗教の信者なのでしょうか?

 

節操がないのでしょうか?

 

節操がないという意味では、日本人は海外から言われている無神論や無宗教どころではないとも言えます。

 

 

お寺や神社の存在が身近にあり、ポピュリズム化された西洋キリスト社会が、更に入り混じっているという現実があります。

 

仏教については、さらに、根本経典も教義もなく、定義があいまいであるため、日本流の解釈や別のものへの変化となていったような気がします。

 

渾然一体(こんぜんいったい)となったこの形が日本人の宗教観なのでしょうか。


八百万の神が御座す(やおろずのかみがおわす)

出雲大社

 

日本に古来から存在する宗教について考察します。

 

日本には神社と言われる神道の祭祀施設が非常にたくさんあります。そこには、人や動物などが神格化した様々な神様が祀られています。

 

元々が海や山や川などの自然をご神体とする自然崇拝が始まりの日本独自の宗教が神道と言われてます。

 

自然の豊かさや脅威に対して畏敬の念を持つのは、世界的にも歴史的にも当然のなりゆきと思います。

 

自然に対する日本人の基本的な姿勢は、対峙したり、制服する対象ではないということが言えます。

 

 

仏教というのは外来で、神道は日本独自の宗教ですが、土着の自然崇拝する民族信仰や自然信仰でもあり、一方、記紀(古事記や日本書紀)に登場する神々を祀る皇室神道のことも含みます。

 

皇室神道で言う皇室というのは、天皇陛下や皇族のことです。神道というのは、多神教であることや、教義や教典が無いことも特徴です。

 

あらゆる自然には神が宿るということで、神の数が多いことの例えを、八百万の神(やおろずのかみ)と言います。日本には八百万の神が御座す(おわす)と信じられています。

 

木や山(富士山など)などの自然、家の中にあるかまどにも、神は宿ると信じられていました。

 

美しいものや、ありがたいと感謝する対象に神が宿ると考えるのが自然かもしれません。

 

商売を行う上で、「お客さんは神様です」と言った歌手がかつていましたが、この事に抵抗のある日本人は少ないと思います。

 

また、超人的な人間のことを、現代においては気安く「神」と呼ぶくせのようなものがあります。神レベル、神セブン(超人的な7人の意)などと言ったりします。

 

 

三重県の伊勢神宮は、神道の本走(ほんそう:仏教でいう総本山)であり、祭神は、皇祖神(こうそしん:皇室の祖)と言われている天照大神(あまてらすおおみかみ)です。

 

神社には、天皇や武将や偉人が、死んだ後に神格化され、神様として祀らているれる場合もあります。

 

神社を見かけたら、手を合わせる日本人は多いですが、何のご利益があるのか、何が祀られているのか分からなくてもお参りしますし、さらに、ご利益と関係ないお願い事をしてしまうこともあります。

 

海外の人から見れば、神社というのは、おどろおどろしい(eerie)場所だと聞いたことがあります。落ち着く場所ではなく、怖い場所なのでしょう。

 

 

ちなみに、八百万(やおろず)の神がいる舞台でのストーリーであるアニメ「千と千尋と神隠し」が、一神教の西洋で受けたのは、単なる日本ブームのような気がします。


自然崇拝

吉野ヶ里遺跡

 

・御神木(ごしんぼく)、夫婦岩(めおといわ)、鎮守の森(ちんじゅのもり)

 

  神社の境内にある御神木や、海上の夫婦岩などの巨石に注連縄(しめなわ)が飾られていたり、
  神社を取り囲む鎮守の森に崇敬の年を抱いたりすることは自然崇拝の一例です。

 

・注連縄(しめなわ)

 

  注連縄というのは、その境界内の出入禁止の印の意味合いを持ち、
  その中は清浄な区域だと示して、災いをもたらす悪い神を寄せ付けないということなのです。

 

・稲妻(いなずま)

 

  雷のことを、五穀豊穣をもたらす稲妻と呼んだりします。

 

・クジラ

 

  クジラやシャチを神聖視したりしてました。

 

  特に、漂着したクジラのことを寄り神(よりがみ)と呼び、
  恵比寿(えびす)の化身とみなしていたようです。

 

  クジラを神聖視するのは世界でも見られたようです。

 

・九十九神(つくもがみ)

 

  刀塚、包丁塚、人形塚、道具塚など、長く使われた道具などにも神が宿ると考えました。

 

  また、蒙古塚など、侵略してきた敵にも、あるいは、魚塚や鯨塚など、
  人の食料として命を落とした魚などにも命や神が宿ると考えたのです。

 

・道祖神(どうそしん)、祠(ほこら)、地蔵(じぞう)

 

  集落などをつなぐ道の辻(つじ:十字路)には石作りの道祖神や祠や地蔵があります。

 

  道祖神は道のほとりに御座す神様で、さまざまな形状があるようです。

 

  それらは、旅の安全だけでなく、集落に禍(わざわい、災い)を持ち込まないための結界
  (けっかい:聖と俗の療育のさかい)の意味があるのです。

 

・地鎮祭

 

  日本では、ビルや家などの建築を行う際、土地を利用させてもらうことの許しを得るために、
  建築工事を始める前に行う安全祈願祭として、その土地の神様(氏神)を鎮める風習があります。

 

  その土地に住む神を鎮守神(ちんじゅがみ)と呼びます。


日本人の根底にあるのは神道か?

伊勢神宮 内宮 正宮

 

古来より現代の日本人に至るまで、生活や社会生活を送る上で、神様を意識した価値観があるように思えます。

 

・神に仕えるための仕事

 

  日本では、古来より、神に仕えるため、また神に喜んでもらえるために働きました。

 

  多くの日本人にとって、「働くことは喜び」なのです。

 

  仕事をすることに、キリスト教社会での「苦役の概念」はありません。

 

・神様のための舞

 

  神楽(かぐら)という舞は、神道の神事として神に奉納する歌舞です。

 

  私は観たことはありませんが、現代でいう客席に背を向け、神に顔を向ける形のようです。

 

  日本のSHOWや舞台では「お客様が神様」と言われてますが、
  神楽は本物の神様へ奉納するためであり、お客様へは顔を向けずに舞うのです。

 

  神楽は、クラシックのようにかしこまって聴くのではなく、飲食しながら観るのもありだそうです。

 

  神様を喜ばせたり、お慰めしたり、神様と共に楽しむ要素が元々あるのです。

 

  ざわついた状態で背を向けられていても、
  自分たち観客は、普段、「神様」と呼ばれているがそうではなく、
  普段とは違った神への奉納神事を味わうといった謙虚さが必要なのです。

 

  地方では、収穫を喜ぶ舞や、性器を意識した舞や踊りが地方で実に多いらしいです。

 

  現代では露骨なものはないそうですが、昔はもっと露骨な踊りがあったとか。
  日本人は本来、性に解放的な民族なのか、神の前でのみ解放され、本質が剥き出しになるのか。

 

  他に、巫女(みこ)の舞、神事としての奉納相撲、獅子舞なども神を和ませ愉しませるものなのです。

 

  かまど、火、山、水、樹木など、色々なものに神の存在を感じ、
  日本の風土に合った風習と日本の神様との関わりがあり、穢れ(ケガレ)、禊(ミソギ)、
  怨霊思想、節句などの年中行事、八百万の神、良いことも悪いことも水に流す風習、言霊思想、・・・

 

  とにかく、献身的な仕事や、神を意識した行事や風習が、
  日本では、今も息づいているようです。

 

  これらは、無形の文化財と言えるかもしれません。

 

  日本人の根底にあるのは「神道」かもしれません。

 

  自然への脅威と感謝と共生、天皇家は神話では神に通じること、
  天皇の仕事を一言で言えば平和や五穀豊穣を祈るということ、などは繋がっているようです。


まつりごと(政)

邪馬台国 卑弥呼

祭事(まつりごと)と政事(まつりごと)とは同じなのです。(本居宣長)

 

天皇は、天下人民を治めるために、神祇(じんぎ、天の神と地の神)を祭りによって鎮め、政事(まつりごと)を行なってきたのです。これを祭政一致(さいせいいっち)と言います。

 

各地域の中心が神社であり、七夕祭りや恵比寿講などの行事、あるいは、祭祀や供養が行われる縁日(えんにち)など、民間の神事が行われ、地域振興を担ってきたのです。

 

例えば、厳島神社(いつくしまじんじゃ)や宗像大社の神主(かんぬし)は、それぞれ佐伯氏や宗像氏などの豪族であり、祭事は政事だったことが分かります。

 

古くは、卑弥呼(ひみこ)の存在が知られています。祈祷や占いによって国の行く末を決めていたのです。

 

現代においては、象徴天皇として、天皇陛下は何をなさる方かといえば、国民の安寧と繁栄を祈る方なのです。


神仏習合(しんぶつしゅうごう) 〜 神と仏(カミとホトケ)

神仏習合とは、日本土着の宗教(神祇信仰:じんぎしんこうと呼ばれる)と仏教とが混同され、同一視されたものです。

 

・怨霊信仰

 

  日本では、元々、怨霊(おんりょう)を信じていたようです。

 

  非業の死を遂げた人が、生きている人に、天変地異などを含め、災いを与えるというものです。

 

  古代から中世にかけて、藤原氏が勢力を持つようになり、
  政争に破れ、罪なくして死に追いやられた者が増えました。

 

  藤原氏や政争の勝者側は、それらによる祟(たたり)を怖れていたのですが、
  その怨霊を鎮魂するのに最適となる仏教が積極的に取り入れられた経緯があるようです。

 

  怨霊を鎮魂すれば、御霊(善なる神)になるということでもありました。

 

  元々怨霊を信じていた日本に伝わった仏教が、
  怨霊鎮魂のためのテクノロジーになったと言えるのです。

 

・本地垂迹(ほんじすいじゃく)

 

  日本の八百万の神々は、いろいろな仏が化身として、
  仮に現れたもの(権現:ごんげん)とする考えです。

 

  神は仏の権化(ごんげ)であるという考え方ですが、
  逆に仏が神の権化であるという考え方もありました。

 

  しんぶつ(神仏)とか、かみほとけ(神仏)とか、
  一緒にしてしまうあたりが、日本的なのかもしれません。

 

・お盆

 

  古神道(こしんとう:外来の仏教などが伝来する以前の宗教)と言われる神道において、
  今のお盆で行うような祖先の霊を祀るというしきたりがあったのですが、
  今では、寺で僧が執り行う仏教の行事となっています。これも神仏習合です。

お釈迦様でなく先祖供養、輪廻転生せず先祖は時々この世に帰ってくる

本来の仏教について、私が解釈しているのは、輪廻転生(りんねてんしょう)の苦しみから解脱(げだつ:煩悩からの解放)して成仏(じょうぶつ:煩悩を断ち悟りを開くこと))する。

 

そして、成仏していない場合、死んでから49日で別人(人間とは限らない)に生まれ変わるというものです。

 

しかし、日本の仏教は、先祖を供養したり、崇拝したり、怨霊を鎮魂する手段にしている要素があり、お釈迦様(シャカ、ブッダ)をあまり意識しません。

 

ましてや、お釈迦様の教え通り、悟りを得て輪廻を卒業しようとする人は、一般人ではほとんどいないと思います。

 

本来の仏教では先祖崇拝や怨霊鎮魂などは、行わない。というか関係ないはず。

 

そして、輪廻の考えでは、故人は死後49日で別人に生まれ変わり、いわゆるあの世にはいないことになってます。

 

しかし日本での仏教では、先祖は死後もあの世にいると思って供養します。そして、お盆などに帰ってくる(と信じられている)のです。

 

また、葬儀は仏式で行なうことが多いため、お盆やお彼岸での先祖供養と、葬儀で先祖の霊を慰めることが、現代における仏教との関わりになっていると思います。

 

死んで別人になり、あの世にはいないはずの先祖が、たまにこの世に帰ってくるという行き来は、突き詰めれば矛盾してます。でもこれが日本の仏教。

 

これは、仏教が日本の古来の土着の世界観と混ざっているということなのです。

 

日本古来の土着の世界観、神道、仏教という要素が日本の宗教で婚前一体となっている気がします。

 

その根底には、古くからあり続ける「日本のありよう」が貫かれており、外来のものが日本で熟成されたり、化学反応を起こしているのではないでしょうか。

 

神道の世界観で言えば、日本人は、日本という国の氏子(構成する住民)なのです。

no religion? 〜 やはり渾然一体の宗教観

日本人は、「宗教は?」と聞かれれば、「別に・・・」とか、「無宗教かな」などと答えたい方も多いと思います。

 

無宗教ということであれば、英語で言えば、no religion (無宗教)ということです。

 

しかし、これは、まったくの無神論者というより、強い思い入れの宗教など抱いていないとか、特定の宗教や宗派の信者ではないとかの意味合いが強い場合にも使うようです。

 

特定の宗教や宗派の信者でなくても、有神論者であったり、天地創造を信じていたりする人もいます。

 

日本人が、自分は仏教徒だと強く意識している人はどのくらいいるのでしょうか。

 

日常の生活の中では、仏教徒を意識していないと、私は思います。

 

仏教徒というくくりより、「うちは浄土真宗」のようなくくりを強調したり、「本家の方は○○宗だけど、うちは何も・・・」という答えでうやむやにしているのではないでしょうか。

 

冷戦華やかなりし頃は、海外、特に西洋では、no reregion=共産主義者(コミュニスト)と捉えられていたもしれませんが、今はどうなんでしょう。

 

自宅や実家に仏壇があるなら、あるいは、お墓にお参りするのに抵抗ないのなら、ブッディスト(仏教徒 a Buddhist)となるのでしょう。

 

また、神社で手を合わせる時に、自分の信ずる唯一絶対神などない日本人であれば、宗教も宗派も気にせず、ただそこに御座す神格化された祭神に参拝するのです。

 

多くの日本人の見かけは仏教徒。しかし実態は、民間信仰や土着の世界観と、神道とが結びついた、つまり習合した、渾然とした宗教観を持っていると思います。

死者の尊厳

 

日本人が死者の尊厳を大切にしたエピソードをいくつか紹介します。

 

 

・被災で亡くなった遺体に対して声をかけもみほぐす

 

東日本大震災(The Great East Japan Earthquaker)における釜石市の民生委員を務める千葉淳さんのエピソード。

 

遺体安置所の管理人である千葉さんは、作業する職員に、遺体の扱いについてやさしく指示し続けたそうです。

 

遺体の多くが死後硬直し、手足を突っ張らせていたり、膝が曲がったりしたままの中、周辺の筋肉を揉みほぐしながらまっすぐにしたり、絶叫したような形で開いたままの口を直すなど。

 

「遺体 震災、津波の果てに」(著者:石井光太)という本の一節

 

千葉は遺体を励ますようにこう語りかけた。「ちょっとつらいだろうけど頑張ってくれな。そうだ、もうちょっとだ」 すると、遺体は言うことを聞くかのように手足を伸ばす。こうして体を真っ直ぐにしてから納体袋に納めておけば、遺族が会いに来ても驚き嘆くようなことはないはずだった。千葉は納体袋に入った遺体に向かって声をかける。「頑張ってくれて、ありがとうな。ちょっと暗くなるけど、ここに入って我慢してね。すぐに家族が迎えにきてくれるからね」 一言そう語りかけるだけで、残酷な現場の空気が和んだ。

 

 

・おくりびと

 

死者を棺に納めるための納棺師(のうかんし)を描いた映画です。

 

キャッチコピーは、「キレイになって,逝(い)ってらっしゃい。」

 

映画を観て、「旅のお手伝い」をするという死者への「人扱い」を改めて認識しました。

 

 

・蒙古塚

 

金印で有名な福岡市東区の志賀島には、蒙古塚というものがあります。

 

文永・弘安の役で戦死した蒙古兵士の供養のため、1928年に建てられたのが蒙古塚と呼ばれる供養塔です。

 

平成17年(2005年)の福岡西方沖地震で倒壊しましたが、平成19年(2009年)に現在の地に移され再建されたのです。

 

ちなみに、1928年の除幕式には中華民国の軍閥である張作霖が、祝辞を寄せているのですが、その三ヶ月後に関東軍によって爆殺されるのです。

 

敵軍の中には、蒙古軍以外に漢軍や高麗軍もいたことでしょう。囚えて処刑したケースもあるとはいえ、死者を弔うことは日本人にとって、昔から自然な行為なのです。

 

 

・邑楽町(おうらまち)に墜落したB29搭乗員の慰霊

 

群馬県邑楽郡邑楽町秋妻(ぐんまけん おうらぐん おうらまち あきつま)に、B29が墜落した時のエピソードです。

 

清岩寺に建立された慰霊碑を訪れたテキサス親父の動画をどうぞ。

 

 

米軍を弔った邑楽町の方に感謝です。
米軍兵士に祈りを捧げ、邑楽町の方を含めて日本人を愛してくださるテキサス親父の姿は感動ものです。

 

 

・高千穂に墜落したB29搭乗員の慰霊

 

1945年8月30日、サイパン島近くのテニアン島の飛行場を飛び立ち、福岡県鞍手郡(くらてぐん)宮田町の貝島炭坑の連合国軍捕虜収容所へ救援物資を投下する任務の途中、宮崎県高千穂町の親父山(おやじやま)に墜落炎上し、十二人の搭乗員は全員死亡しました。1、2年後にアメリカ兵が遺骨と残骸を取りにいったところ、遺体は地面に埋められ、その上に十字架が刺してあったという。

 

 

ある日乗組員12人のうち1人の遺族から、高千穂町歴史民俗資料館に手紙が届いたことがあるという。差出人は、アルフレッド・エイケン中尉(当時23歳)の姪。町内では毎年、犠牲者を追悼する平和記念祭が開かれており、姪はエイケンさんのことをネットで調べていたところ、町が慰霊祭を開いていることを知ったという。(インターネットミュージアムより 2011年06月28日)

 

墜落したB29は連合軍捕虜収容所に救援物資を投下する途中、親父山に墜落。遺体は米軍が収容し、捜索には住民も加わったという。身元の判明は14年ぶりで、4人目。

 

 

 

B29撃墜にまつわるエピソードは多いです。もちろん、フェアに申せば、B29に関係なく、捕虜を各地の収容所や陸軍刑務所に収容した事例は当然あったのですが、残念ながら、捕虜を処刑したことも、生体解剖実験した事例もあります。

 

ちなみに太平洋戦争中に投入したのB29の機体数は3,900機、喪失数は714機らしいです。

 

対空砲や戦闘機による体当たり、あるいは、故障などなどが主な原因のようです。日本本土での喪失数は不明ですが。

 

 

 

日本人の死者への尊厳(dignity)について思うこと。

 

 ・死者にも人権があるかのような振る舞い。死者への尊厳を大切にし、尊厳を守る。

 

 ・亡くなったら敵も味方もない。墓を掘り返すなんてことはしない。考えもしない。

 

 ・利害が及ばないところでは、敵味方はなくフェア。

 

 ・死んだら成仏してほしいと思い、怒りや恨みを引きずらないことを願っている。

 

 ・死ねば、生きた者からは裁けない、裁かない。(村八分という制裁を課していても死者は弔う。)

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