日本のことがお気に召しますように Hope you find Japan to your taste.

武士の品格 〜 イギリス兵の救助

 

 

1942年、インドネシアのスラバヤ沖開戦(2月27日から3月1日)にて、日本の艦隊は、イギリス海軍のエクセターとエンカウンターを撃沈しました。

 

海に投げ出されたイギリス海軍のエクセターとエンカウンターの乗組員は20時間近く漂流。

 

生存が限界に達していました。

 

翌日、哨戒行動中の駆逐艦「雷(いかづち)」が発見。

 

「雷」の工藤俊作艦長は、悩んだ結果、敵潜水艦が近くにいない事を確認後、「救助!」と命じたのです。

 

なんと、雷のマストには、救難活動中を示す国際信号旗が掲揚されたのです。

 

戦闘中の海域での救助は非常に危険な行為でした。

 

帝国海軍の日本兵は、力尽きて海に沈むイギリス兵を助けようと、海に飛び込んで助け、はい上がるイギリス兵に「がんばれ」と励まし続けました。

 

甲板まで自力で上がったり、釣り上げられたイギリス兵は、油や汚物にまみれてましたが、日本兵は、アルコールで拭き取り、水や熱いミルクやビスケットなどを供与し、服と靴を支給し、椅子を差し出したのです。

 

イギリス兵を前にして、工藤艦長の発した言葉

 

  「You have fought bravely.(諸官は勇敢に戦われた。)」

 

  「Now,you are the guests of the Imperial Japanese Navy.(諸官は、帝国海軍のゲストである。)」

 

フォール卿の回想

 

  「午前10時、突然200ヤードのところに日本の駆逐艦が現れました。
  私は、幻ではないかと思い、わが目を疑いました。
  そして銃撃を受けるのではないかという恐怖を覚えました。」

 

  「1人2人を救うことがあっても、、全員を探そうとはしないでしょう。」

 

  「私は当初、日本人というのは、野蛮で非人情、
  あたかもアッチラ部族かジンギスハンのようだと思っていました。」

 

  「たとえ戦場でもフェアに戦う、困っている人がいれば、それが敵であっても全力で救う。
  それが日本の誇り高き武士道であると認識したのです。」

 

  「『雷』はその後も終日、海上に浮遊する生存者を捜し続け、
  たとえ遙か遠方に一人の生存者がいても、必ず艦を近づけ、停止し、
  乗組員総出で救助してくれました。」

 

  「この出来事は、日本人に対して持つ私の印象にずっと影響を与えました。
  深い尊敬と感謝の念を抱いています。」

 

  「日本の武士道とは、勝者は驕ることなく敗者を労り、その健闘を称えることだと思います。」

 

 

ちなみに、工藤俊作が学んだ海軍兵学校の校長は、後の鈴木貫太郎首相でした。

 

鈴木校長の教え通り、工藤俊作は、「雷」の艦長着任時に、鉄拳制裁の禁止を訓示としたのです。


武士の品格 〜 アッツ島の玉砕

1942年6月、日本は米領アリューシャン諸島のアッツ島・キスカ島を占領していました。

 

しかし、翌年にアメリカが奪還するのです。

 

アッツ島で日本軍最後の突撃があった日(1943年5月29日)は、濃霧が立ち込めており、100メートル先も見えないありさまでした。

 

アッツ島攻略米軍第一線中隊長 ハーバード・ロング中尉によると、

 

  「異様な物音がするので、敵襲かと構えてみると、
  300〜400名の一団が近づいてくる。
  先頭は山崎保代(やまさき やすよ)アッツ島守備隊長であったが、
  右手に日本刀、左手に日の丸を持って迫ってくる。
  だが、どの兵も負傷しているためか、
  最後の突撃でありながらも、足を引きずりながらゆっくりゆっくりと、
  青白い顔をしながらボロボロの服をまとって鬼気迫る表情で近づいてくる。
  このありさまを見て、われわれアメリカ兵は身の毛がよだつ思いだった」

 

と記しています。

 

後に、ソビエトは、この玉砕を日本武士道の精粋(せいすい)であるとして、小学校の教材として採用したそうです。

武士の品格 〜 拉孟・騰越の戦いの玉砕

中国大陸の拉孟・騰越の戦い(らもう・とうえつのたたかい 1944年)で、日本軍と中国・アメリカ軍の陸上戦闘があり、日本軍は全軍で突撃し、玉砕しました。

 

この、降伏をしない壮絶なまでの桜吹雪に、蒋介石は、次のように述べました。

 

  「私は軍人としてこのような勇敢な相手と戦えて幸せだった。
  おそらく世界のどこにもこれだけ雄々しく、美しく散った軍隊はないだろう。」

 

また、

 

  「日本の軍人精神は東洋民族の誇りである。」と訓令を発したのです。

武士の品格 〜 鈴木貫太郎元首相の弔意

鈴木貫太郎元首相は、戦争のさなかにあって、フランクリン・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt)大統領死去(1945年4月)の報道を知ると、弔意を示しました。

 

  「今日、アメリカがわが国に対し優勢な戦いを展開しているのは、
  亡き大統領の優れた指導があったからです。
  私は深い哀悼の意をアメリカ国民の悲しみに送るものであります。
  しかし、ルーズベルト氏の死によって、
  アメリカの日本に対する戦争継続の努力が変わるとは考えておりません。
  我々もまたあなた方アメリカ国民の覇権主義に対し今まで以上に強く戦います」

 

鈴木貫太郎元首相の声

 

  「敵を愛するという武士道の本来の行為をしたまでです。」

 

アメリカに亡命していたドイツ人作家トーマス・マンは、この放送を聞き、英国BBCで

 

  「ドイツ国民の皆さん、東洋の国日本にはなお騎士道精神があり、
  人間の死への深い敬意と品位が確固として存する。
  鈴木首相の高らかな精神に比べ、あなたたちドイツ人は恥ずかしくないですか」

 

という声明を発表したのです。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストにも報じられました。

 

日本には、古くから「昨日の敵は今日の友」ということわざがあるのです。

武士の品格 〜 バンザイクリフ

第二次世界大戦以前のサイパン島は何も無かったのですが、日本人が5万人も入植し、製糖工場の建設で産業を振興させたのです。

 

そのサイパン島のマッピ岬は、バンザイクリフという名前が付いてます。

 

アメリカ軍とのサイパンの戦いで追い詰められた日本軍や民間人の多くが、高さ80メートルの岬から「天皇陛下バンザイ」と叫んで海へ投身自殺した悲劇があるからです。

 

「海行かば」を合唱して身を投げることもありました。

 

日本の女性は、自分の身だしなみを整え薄化粧し、また、看護師たちは、毒薬を飲んでから、自決するのです。

 

生きて恥も辱めも受けず、しかし、死に望んで身だしなみを整えるのは、日本女性としての武士道だったのです。

 

 

2005年に、天皇皇后両陛下がサイパンに慰霊のためにご訪問されました。

 

老人ホームをご訪問された時、100人以上の現地のお年寄りは、「天皇陛下バンザイ!」と叫び、「海行かば」の大合唱をしたのです。

 

サイパンのご老人方は、「海行かば」という曲に、天皇陛下を今も敬愛する思いを託したのです。

 

ミクロネシア諸島やパラオなどの南洋群島は、日本の統治時代の教育で日本語が話せる人は多いです。

 

太平洋戦争がなければ、今も天皇陛下の臣下と思っているお年寄りの方はとても多いのです。

 

 

海行かば

 

海行かば 水漬く屍
山行かば 草生す屍
大君の 辺にこそ死なめ
かへり見はせじ

 

うみゆかば みづくかばね
やまゆかば くさむすかばね
おおきみの へにこそしなめ
かへりみはせじ

 

現代日本語訳:
海を行けば、水に漬かった屍となり、
山を行けば、草の生す屍となって、
大君のお足元にこそ死のう。
後ろを振り返ることはしない。

武士の品格 〜 戦後の自決

日本人の玉砕は、戦争が終わった後も続きました。

 

軍人以外に民間人も含め、約600人もの人が自決しています。

 

つまり、大日本帝国の終焉に殉じたのです。

 

同じ敗戦国のドイツで自決したのは、アドルフ・ヒトラーとその妻、それとナチスの宣伝大臣パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス一家だけだそうです。

 

つまり、ヒトラーに殉死した国民はいなかったのです。

 

生きて祖国繁栄の礎となった元日本兵である我々の先輩方の方がはるかに多いです。

 

一度失った命、後はおまけの人生と死ぬ気で働いた方を多く知ってます。

 

しかし、殉死した日本人は、その方たちなりに、敗北した責任を取り、生きて降伏する事は出来ず、死んで護国の鬼となったのです。

 

有史以来、初めて戦争に破れ、国体が維持できない祖国となる可能性は確かにあったのです。

武士の品格 〜 乙女のまま清く自決した真岡郵便局の電話交換手

1945年8月20日、当時日本領だった樺太の真岡(まおか)に上陸したソ連の艦隊。

 

日本がポツダム宣言を受諾した後の話です。

 

電話の交換業務にあたっていた高石ミキを班長とする班員は、その惨状を樺太各地の電話交換台に伝えた後、

 

  「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら・・・」

 

と最後の言葉を残したのです。

 

歴史文化・観光施設 - 九人の乙女の碑 一般社団法人 稚内観光協会公式サイト

 

そして、12名の女性電話交換手のうち9名が青酸カリを飲んで自決しました。

 

自決したひとり伊藤千枝さんが、最後の電話で残した言葉は、「わたしも乙女のまま清く死にます」だったのです。

武士の品格 〜 武装解除後の占守島(しむしゅとう)の戦い

占守島は、千島列島の北東端に位置します。

 

日本は、ロシアとの樺太千島交換条約で、占守島から歯舞群島までの千島列島を獲得し、さらに、日露戦争後は、南樺太を領有していたのです。

 

ポツダム宣言受諾後に、占守島においても、日本軍が武装解除する中、ソ連軍は突如として攻めて来ました。

 

日本軍は戦う準備が出来ていなかったのです。

 

再び武器を手にした日本軍とソ連軍との死闘では、ソ連軍の方が多く死者を出しましたが、日本の降伏により停戦し、日本軍の武装は解除されました。

 

いったん武装解除し、敗戦した後に、再び勝利することは許されなかったのでしょうか。

 

打ちのめされたままでなければならなかったのか。

 

この精神性も、戦後レジームの一つとして形作られたもので、思い込みのような気がします。

 

日ソ中立条約を破棄して、満州や樺太や占守島に侵攻し女性も含めて蹂躙したことに対して、敗戦とは別に、もっと激怒すべきように思います。

 

シベリア抑留のためもあり、スターリンは北海道分断の狙いがありましたが、アメリカのトルーマンによる反対であきらめさせられた経緯もあって、代わりに、武装解除された占守島の日本人がシベリアへ抑留されたのです。

 

今の北海道や日本があるのは、この時、必死で戦われた方々のお陰と言いたくなります。

 

北の大地と野生(2008年2月16日放送分)
北の大地と野生(2008年2月23日放送分)

武士の品格 〜 東日本大震災での南三陸町職員の放送

南三陸町職員の遠藤未希さんと上司の三浦毅さんは、東日本大震災の際に南三陸町防災対策庁舎から最後まで非難の放送を繰り返し、津波の犠牲になりました。

 

「6メートルの津波が来ます」 最後まで放送の南三陸町職員の死を悼む

 

職員43人が犠牲になったのですが、中でも最後まで放送を続けていた遠藤未希さんは、屋上に上がる途中の非常階段で流されたそうです。

 

津波は、防災庁舎の屋上まで到達し、屋上にいた30名ほどの職人のうち、手すりを掴んでいた人たちは流され、アンテナにしがみついていた佐藤仁町長ら11名は助かったのです。

 

津波が押し寄せてきた時、アンテナにしがみついていた職員が撮った連続写真を見たことがありますが、僅かな時間にすさまじい水量が屋上まで押し寄せてきたことに恐怖を感じました。

 

魂の避難放送で難を逃れた住民は数多く、遠藤未希さんは、この南三陸町で本懐を遂げたことになり、その声は、この世を生き抜いた証なのです。

世界に讃えられる武士道 〜 フランス人作家アンドレ・マルロー

 

  「日本は精神性が一宗教の独占物とならない稀有な国だ。
  偉大な日本とは騎士道のそれだ。
  騎士道は兜にあらず鎧にあらず。
  真に己の意志するところを知り、
  その意志に全人生を捧げて悔いなき人々の全体にほかならない」

 

 

武士道というのは、

 

騎士道と同じ、鎧と兜(よろいとかぶと)などという格好ではなく、

 

己の信じるものを見つけ、

 

そのために悔いず、死をも厭わず、

 

強い自制で、人生をかけて本懐を遂げるという精神性であり、

 

そして、それは宗教ではなく、宗教以前に日本人に備わっているものなのです。

 

 

そんな自分のことより他人のことを考える日本人で構成されるのが日本。

 

日本人の中に武士道が宿っているというより、日本だから武士道が生まれた、日本人に元々備わっていた財産なのです。


お気に入りジャパン:武士道 - その2関連ページ

言霊
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
穢れ
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
怨霊信仰 - その1
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
怨霊信仰 - その2
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
邪馬台国
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
日本人っぽさ
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
日本人の宗教観
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
武士道 - その1
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
日本辞典 - その他1
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
日本辞典 - その他2
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
日本辞典 - その他3
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。
日本辞典 - その他4
日本の特徴や、日本に対する世界からの評価を考察しながら、日本を語る上でキーワードとなる言葉を説明し、、管理人から見た大好きな日本の思いを述べます。

 
HOME COOL JAPAN 日本事典 日本大好き外国人 海外で有名な日本人 日本の貢献 サイトマップ